バレンタインデーのホワイトさん


 その日は明け方から雪でした。寒い寒い朝でした。郵便局の人達は、震えながら職場にやってきました。
 しかも今日はなぜか、配達予定の小包がやたらと多いのです。
「今日に限ってなんでこんなに多いんだ?」
「最近、バレンタインデーにチョコを贈ろうキャンペーンなんてのを、デパートでやってるんだって」
「そのせいか!」
「これはチョコレート会社の陰謀だ!」
「俺にチョコくれる子なんていないんだよなあ。配達だけなんて、なんか悔しいな」
「しかも大雪だなんて、なんかの嫌がらせか?」
 愚痴を言い合い、泣きそうになりながらも、郵便局員たちはそれぞれしたくをして、配達にでかけました。ホワイトさんも、小包を大きなかばんに入るだけ入れて、出発しました。そして、デパートやお菓子屋のきれいな包装紙で包まれた小箱を、たくさんの人に届けました。
「赤い地球」のバルダー・マーティンさんに、赤いリボンのついた包みを手渡したとき、バルダーさんはものすごくうれしそうでした。
「おおっ、俺にか!? そうかそうかありがとうなっ! 雪だから気をつけて配達してくれよなっ!」
 マーティンさんはそう言いながらホワイトさんの背中をどん、と押したので、ホワイトさんはあやうく転びそうになりました。バイトの店員、フゥルくんが、ちょっとあきれたような顔でその様子を見ていました。
 お昼ちかくになりました。ホワイトさんはフロンティア・パブに飛び込んで、かじかんだ手足を暖めました。
 いつものフロンティア・パブとは違い、店内には甘い、いいにおいがたちこめています。どうしたんだろうと不思議そうな顔をしたホワイトさんに、テムズさんが言いました。
「チョコクッキーを焼いているんですよ。今夜のお客さんに配ろうと思って。よかったらホワイトさんも仕事帰りに寄ってくださいな」
 食事もすんで元気が戻ってきたので、ホワイトさんは、川向こうの少し遠い地域への配達を先にかたづけることにしました。雪がこれ以上積もると、歩くのもたいへんになりそうだからです。
 夕方近くなっても、雪はやみませんでした。薄暗くなってきました。雪の明るさで少しは足元も見えますが、とても歩きにくくて疲れます。転ばないように気をつけながら、ホワイトさんは配達を続けました。
 そしていよいよ荷物は最後の一個になりました。宛先は、ハリスン医師になっています。ホワイトさんは、小さな川にかかる橋を渡って病院に向かいました。
 ところが、橋を渡る途中で、みしみしと変な音がしたかと思うと、急に足元をすくわれた感じがして、次の瞬間ホワイトさんは下に落ちていました。
 わっ、と思うまもなく、冷たい水の中にどっぽーん。思わず叫び声を上げそうになりました。流されそうになったからではなく、あまりに水が冷たかったからです。川は浅かったので、溺れたりすることはありませんでしたが、服も鞄もびしょびしょです。そして体がいっぺんに冷えてしまいました。
 がちがち震えながら川からはい上がり、ホワイトさんは鞄の中を確かめました。やはり、鞄の中にも水がはいってしまっていました。ホワイトさんは、真っ青になりました。
「ど、どうしよう……」
 小包はびしょびしょ。宛名や差出人の文字はなんとか消えずに読めましたが、果たして中身は無事でしょうか。
 こういうときの局のマニュアルは、配達して謝罪して、その場で中身を確認してもらって、困ったことになっていたら局の責任で誠意ある対応をする、ということになっていました。
 ホワイトさんは、濡れた服が冷たくてとっても寒かったのですが、着替えに戻る時間もないのでそのまま配達先に向かいました。
「中身はやっぱりチョコレートかな。患者さんからのプレゼントだったりして。お医者さんって、モテそうだよなあ。でも濡れたらチョコ食べられないなあ……」
と思いながら、歩いていると寒いので走りながら、ホワイトさんは病院にやってきました。
 裏口の戸を叩き、看護婦のセリーヌさんの顔を見たとき、くしゃみがでてしまいました。
「お届け物……はっくしょん……です。ジェフリー先生に……受け取りのサインを……」
 なんだか、舌もよく回りません。寒すぎます。
「雪のなか、ご苦労様です」
 セリーヌさんはびしょびしょの小包を受け取りましたが、表情ひとつ変えませんでした。ホワイトさんは話を続けました。
「その、じつは不注意で荷物を濡らしてしまって……申し訳ありません……すぐ中を……確認してくだ……くしゅん……ください」
 看護婦さんは、ホワイトさんを待合室に案内しました。暖炉の火が燃えて、あたたかい部屋です。タオルも貸してくれました。ホワイトさんはやっと、少しだけ生きたここちがしました。くしゃみをしながら待っていると、すぐにハリスン先生が、箱を手に持ってあらわれました。なにやら複雑な表情をしています。
 心配そうに、ホワイトさんは尋ねました。
「先生、このたびはすみませんでした。中身は……やっぱりだめになっちゃいましたか?」
「……水がしみこんで、全体的に湿っていた」
「ああ!本当に申し訳ありません。僕の不注意で……」
「君もずぶ濡れだが、川にでも落ちたのか?」
「ええ、雪の重みで橋げたが壊れてしまって……浅い川でしたが、しりもちついて……鞄もぬらしてしまいました」
「そうか。私の服を貸すから着替えて行きなさい。そのままでは風邪をひく。ところで小包のことだが――」
「申し訳ありません!」
「いや……濡れたおかげで助かった。君は命の恩人だ」
「えっ?なんのことですか」
 ハリスン先生はホワイトさんに箱を見せました。電気のコードみたいなものと、小さな細長い小箱と、あとはよくわからないものが入っていました。
「開封すると中の火薬が爆発するような仕掛けになっていたんだ」
「ええっ!ば、爆発物?」
「じつはこの差出人……先日ちょっとうちでトラブルのあった患者でね」
「あっ、こんな病院ぶっこわしてやるーって悪態ついて帰った人ですね?」
と、ちょうどお茶を運んできた看護婦のアリスさんが言いました。
「あの人すごくこわかったですー、ぐすん」
 アリスさんは、お茶をこぼしそうになりながら、ホワイトさんに渡してくれました。
「あの……それじゃ僕は爆発物を配達したんですかっ? なっなんてことだ」
「だが、川に落としてくれたおかげで私は命拾いしたわけだ。感謝する」
 仕事で失敗したのにお礼を言われて、ホワイトさんはなんだかへんな気持ちでした。
 ハリスン先生はため息をついて、
「警察を呼ばなきゃならないな。君や局にも迷惑をかけることになるが――」
「いえ、それはもう、そういうことならなんでも協力しますが……でも、悔しいな。全然知らずにそんなものを配達したなんて」
 そんなぶっそうなものとは知らず、心のこもったチョコレートだと思って、一生懸命届けに来たのに。おまけに、途中で川に落ちたのです。風邪をひくかも……いえ、もうすでにひきかけているようです。はっくしょん、とまた大きなくしゃみが出ました。
 ハリスン先生が貸してくれた服に着替えたので、やっと体が少し暖まりました。先生は風邪薬まで持たせてくれました。
 それでも外に出ると、すっかり暗くなっていて、いっそう寒さがこたえます。ほんとうに風邪をひいたな、と思いました。このまままっすぐ局に帰る元気はありません。途中で遭難しそうです。そう思うと、自然とフロンティア・パブに足が向かっていくのでした。
「あら、ホワイトさんいらっしゃい。お仕事終わったんですか」
「まだ終わってないかもしれません……」
 テムズさんは少し心配そうな目でホワイトさんの顔を見ましたが、すぐ笑顔になって、明るい声で言いました。
「今日はほんとに大変でしたね。こっちの席が暖かいですよ……そうだ、これ昼間焼いてたクッキー、どうぞ。」
「ああ……ありがとう。チョコクッキーでしたね」
 心がこもったプレゼントをもらって、ホワイトさんの心もちょっぴり暖かくなってきました。そして、熱々のスープをすすりながら暖炉の火をながめているうちに、今日一日の疲れが、だんだんどこかに消えていくような気がしてきました。 

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