無気力エントランス
その2

 

今日の運勢


「サリー! おむくじ用の卵が切れちゃったみたいなの、取って来てくれる?」
「りょ〜かい、ですぅ!」
 サリーはテムズのお願いを聞いて、卵をとってくるために裏庭に行きました。実は、裏庭には二羽ニワトリがいるのです。
「にっわとりさ〜ん。卵をくださいですぅ〜」
 サリーが鳥小屋の扉を開けると、ニワトリたちはギロリ、とサリーを睨みつけました。まるでその筋の人たちのような目つきです。ですが、入ってきたのがサリーと分かると、ニワトリたちは目付きを緩めます。
「あら、サリーちゃんやないの。どないしたん?」
「おむくじ用の卵が切れちゃったんですぅ」
 サリーはニワトリを見上げながら言いました。そう、このニワトリたちはサリーよりも大きいのです。
「おやおや、そら難儀やな。なんぼ欲しいのん?」
「ん〜、四つくらいあればとりあえず間に合うと思いますぅ」
「それくらいならお安い御用や。ベス、取って来たって」
「ハイな、姐さん」
 ベスと呼ばれたほうのニワトリは、奥のほうへ行くと寝床を探しました。そして、そこから卵を取り出します。
「はい、サリーちゃん。落とさんように気ぃつけたってな」
 サリーが受け取った卵は、四つだけなのに両腕で抱え込まないといけないくらいに大きいものでした。


「ありがとうですぅ〜」
 よたよたと小屋を出ようとするサリーのために、姐さんが扉を押さえてくれました。サリーはもう一度「ありがとうですぅ〜」と言うと、宿に戻ります。
「テムズさぁん〜。卵ですぅ〜」
「ありがとうサリー」
 テムズはサリーから卵を受け取ると、その一つを割って中身をフライパンに落とします。なんと、割ったばかりだというのにすでにおむくじの形を形成しています。サリーがその様子を眺めながら一息ついていると、ウェッソンが厨房に飛び込んできました。
「おい、テムズ。おみくじがもうすぐ切れるぞ」
「ええ!? おみくじも!? ……サリー、お願いできる?」
「はぁい、取って来ますぅ」
 サリーはてほてほ、と裏庭に出ました。今度は鳥小屋ではなく、一本の木に向かいます。その木には沢山のカードが成っています。そう、おみくじの木なのです。
「さあ、取りまくりですよぉ」
 サリーは気合を入れると、高枝切りバサミを使ってカードを取り始めました。うっかりカードを切ってしまうこともありましたが、順調に10枚ほど取りました。
「これくらいで充分でしょうねぇ。さて、戻りましょぅ」
 サリーは高枝切りバサミを木に立てかけると、宿に戻ります。
 円卓の運勢診断はこうやって準備されています。さて、今日の運勢は?


〜おしまい〜


大いなる野望

「ふっふっふ。ついに完成ですぅ」
 カッ。一筋の雷から放たれた光が、人影を照らしました。そこにいたのは、そう、サリーです。
「構想8年、製作10年。長かっ――」
 ドーン。遅れてやってきた音が、サリーの語尾をかき消しました。
「ですがぁ、これさえあれば円卓は私のものですぅ!」
 ドーン。今度の雷は光と音が同時です。その光が、拳を握り締めるサリーを照らしました。その手の中には、なにやら今にも朽ちてしまいそうな木の塊が一つ。
 さて、次の日です。サリーはさっそく1階に降りてきました。そこではテムズが接客しています。
「ウニャロポンゲンテンソ……ウェッソンも昨日そう言ってたわね」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「さぁ? 自分の胸に手をあてて考えてみなさい」
「そんなこと言われても困るわね。いやホントに」
 接客は絶好調のようです。そこに、サリーはこっそりと忍び寄ります。
「気分を変えたと思ってるみたいだけどね、見てみなさい。何一つ変わっちゃいないでしょ? 変化を唱えるなら、まず、自分の立ち位置から動かすことよ」
「それって、感情表現かなんか?」
「比較的ソウイウ見方モデキルミタイデスゥ」
「あの子、朝飯はよく食べるのよね。だから元気なのかしら」
「探偵トシテ当然デスゥ」
「探偵トシテ当然デスゥ……? サリーも似たようなこと言ってたわ」
「流石ハ名探偵デスゥ」
「流石ハ名探偵デスゥって言われても困るんですけど」
 テムズが円卓に入ってくると、そこではサリーが手に持った木の塊を振り回してなにやら遊んでいる所でした。
「あら、サリー、何やってるの?」
「あら、サリー、何やってるの? ソノ質問ハナカナカスルドイデスゥ」
「サリー?」
「世界最高ノ名探偵デスゥ」
「どうしちゃったのかしら、この子」
「どうしちゃったのかしら、この子……ソンナコトヲ言ッテモ困ッテアゲマセンヨォ」
 テムズは、サリーが応える時には、その手に持った木の塊をガクガク動かしながら応えているのに気付きました。それに合わせて奇妙な口調で話していることも。そう、まるで――
「人形遊び?」
「失敬ですぅ!」
 バシン! と、木の塊を床に叩きつけ、指差しながらサリーは抗議します。
「これは名探偵たる私の科学知識の粋を集めて作られたロボサリーですぅ! 人形遊びとは勘違いにも程がありますぅ!」
 テムズはサリーの指差す”これ”を見ます。……叩きつけた衝撃でバラバラになっています。
「……サリー」
「はい?」
 テムズは黙って残骸を指差しました。サリーも黙ってその視線をたどります。
「のひょぅえ!?」
 サリーはがっくりと膝をつきました。震える手で残骸を拾い上げます。
「構想8年、製作10年がぁ……」
「……ああ、昨日『思いついたですぅ』とかいって夜更しして何かやってたのはそれだったのね」
「これはやはり、才能ある者はそれを妬む者によって潰されるという奴でしょうかぁ……うっうっ」
 テムズは震えるサリーの肩をぽんぽんと叩きました。
「ほらほら泣かないの。フィッシュ&チップスを作ってあげるからこっちにいらっしゃい」
「……ジャガイモは大きめがいいですぅ」
「はいはい。分かったから片付けておきなさいね、そのボロサリー」
「ロボサリーですぅぅぅぅ!」
 サリーの声はフロンティア・パブ中に響き渡りましたとさ。

〜おしまい〜


そーめん

「今日はソーメンにすべきですぅ!」
「ソーメン、ねぇ。あったかしら……」
 びしぃ! と突きつけてくるサリーの指を、ぺちり、と叩きながら――犯人以外の人を指差すのはやめましょう――テムズは思案に暮れました。
「大丈夫ですぅ! ここにありますぅ!」
 サリーが懐から取り出したものは、細くて白くて長いものでした。
「サリー、それはヘレナが秋田土産で持ってきた稲庭ウドンよ」
「違うんですかぁ?」
「別物よ。けど、まあ、せっかくあるんだから今日はウドンにしようかしら」
「ダメですぅ! ソーメンですぅ! 流すんですぅ!」
「ええ!? 流すの?」
「ソーメンは流さないとソーメンじゃないんですぅ!」
「わかったわよ……けど、流すようなものなんてないわよ?」
 困ったように言うテムズに、サリーは「ふっふっふ」と含み笑いをして見せました。そして、びしゅぁ! と、テムズを指差します。
 ペチリ。犯人以外の人を指差すのはやめましょう。
「うう……こう、決めポーズというものがですねぇ――」
「別にいらないわよ、そんなもの。それで、何か考えがあるの?」
「……別にって、そんな、身も蓋もないですぅ……」
「それはい・い・か・ら」
 サリーはテムズの表情に怯えながらも言いました。
「じゃ、じゃあ、『流しソーメンの道具がないわ。困ったわね』って、言ってくださぃ」
「は?」
「『流しソーメンの道具がないわ。困ったわね』ですぅ」
「『流しソーメンの道具がないわ。困ったわね』? それで、どうなるって――」
「おおい、テムズ」
 テムズがその言葉を繰り返したとき、ウェッソンが帰ってきました。その手には竹を持ち、背中には何かを背負っています。
「なによ、それ?」
「ああ、シックの奴がお前にって持たせられたんだ。流しソーメンの道具」
 テムズは、はっとして、サリーを見ました。サリーは、ただ含み笑いと共にメガネをきらりと光らせるだけです。
 こうして、サリーは流しソーメンを堪能することができたとさ。


〜おしまい〜


宴の後に


「ふぅ、ようやく片付けもお終いっと」
 そう言って、テムズは一息つきました。
 円卓が片付けられた店内はいつもよりほんの少しだけ、広く見えました。
「静か、ね」
「チュウチュウ」
「チュ〜」
 物思いにふけるテムズでしたが、それは天井裏からの声に邪魔をされました。
「ネズミ? 夜だっていうのに、元気ねぇ」
 駆除、という言葉が浮かびましたが、テムズはそれを頭を振って追いやりました。
なんとなく、夜でも賑やかだった円卓を連想するからです。
「賑やかなのは、良いことよね。うん」

〜おしまい〜

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