祭りの日に

 

 店長はまだ帰ってこない。
 どうでもいいが、次の段取りを聞いていない。適当にやってしまっていいものだろうか、とフゥルは考えていた。
 きょうは月光の丘で、年に一度の「大道芸まつり」が行われていた。「赤い地球」でもいつものようにたこやきの屋台を出したのだが、開店前の準備で焼きはじめてすぐ、「少し店番頼む」といってバルダーは、占いのテントにいる女の人のところに、たこやきを持って行ってしまった。そのままずいぶん長い間話し込んでいて、帰ってこないのだ。
 たこやきはだいぶ焼き上がり、フゥルはすることがなくなってしまった。しかたなく容器につめはじめたが、何個入りで売っているのかもわからないので、勝手に10個にした。
「こんにちはですぅ、フゥル」
 その声を聞いて、フゥルは手を止めた。顔を上げると店の前にサリーがいる。
「……ちょうどよかった。サリー、たこやきは何個入りで売っているのか教えてくれ」
「バルさんはいつも8個入りにして売ってますよぉ」
「……そうか。2個多かった」
 入れ直しをしようと思ったとき、バルダーがあわてて戻ってきた。
「すまんすまん! あとはもういいから、サリーちゃんとそのへん回ってこい!」
「……いいのか?」
「ああ、ここの祭りは初めてだろ? ゆっくりしてくるといい!」
とバルダー。
 フゥルは、たこ焼きの数のことをバルダーに話してから、サリーといっしょに店を離れた。ふたりは歩きながら、とりとめのない話をする。
「赤い地球でのバイトは、どうですかぁ?」
「……どうって……べつに。掃除やら商品の整理やら、あとは店長といっしょに害虫駆除などをしている」
「バルさんと一日いっしょにいて、耳が痛くなりませんかぁ?」
「……まあ、たしかに大きい声だが、慣れた」
「そうですかぁ。あ、フィッシュアンドチップス売ってますよぅ。ちょっと行ってきますぅ」
 サリーは大好物を売る屋台めがけて駆け出していった。じきに、袋をふたつ持ってもどってきた。
「はい、どうぞですぅ」
「……ありがとう……」
 あいているベンチがみつかったので、ふたりで腰を下ろしてフィッシュアンドチップスを食べはじめた。
「ねえ、フゥルは記憶がもどったら、おうちに帰っちゃうんですよねぇ」
 突然、なにを言い出すのか。
「……わからない」
「どうして? 帰るでしょう? おうちの人が心配していますよきっと」
 はたしてうちがあるのか、家族がいるのかさえ、わからないのに。でも、もしいるのなら……。
「フゥルが帰っちゃうと、さびしいけど……」
 フゥルは思わずサリーの顔を見た。サリーは遠くを見ながら、静かに微笑んでいる。
「でも、いまはこうしていっしょにいられるから、うれしいんですぅ。友達になれてよかったですぅ」
 そう言ってサリーは大きな青い目で、フゥルの顔をまっすぐ見つめた。
「……俺も……」
 フゥルは思わず声に出していた。
「え?」
「……友達になれてよかった、と、思う」
 そう言うと、フゥルはいそいで魚のフライを口におしこんだ。



「祭りが終わったら」
と、バルダーは言った。
「行ってしまうんだな!」
「ええ。あした、天気と風向きがよかったら、ここを発つわ」
 褐色の肌をもつ占い師は、にこやかに微笑みながら答えた。
「あなたにはずいぶん世話になった。感謝してるわバルダーさん」
「べつに……たいしたこともしてないけどな!」
 バルダーは少し照れたような笑みを浮かべた。
「でも、楽しかった。この丘はいいところだった」
「ああ、いいところだ! だからずっとここにいたっていいじゃないか! なのにどうしてあんたたちは……行ってしまうんだ! いつもいつもそうだ!」
 占い師には、そう言うバルダーの声が、どことなくいらついているように聞こえた。
「私たちは、流浪の民。ひとつの場所に定住することはないの。あなたたちにはわからないでしょうけど」
 そう答えながら、彼女は空を見上げた。青空を、白い雲が流れていく。
「また、いつか……戻ってくるのか?」
「わからない。もしかしたらまたここに戻ってくるかもしれないし、そうでないかもしれない」
「……そうか! よしわかった! あんたともひとまずこれでお別れってことだな!」
「そうね」
 答えながら、なぜか心が痛む。そのとき、バルダーがいきなり腕を掴んだので、彼女はびっくりした。
「俺もあんたのおかげで、楽しかったんだ! ずっと元気でいてくれ! よその土地に行っても、楽しくやってくれ!」
 そう言うバルダーの目は、ふだんよりもいっそう輝き、しかもどこか憂いを帯びていた。
「……バル――」
 彼女がなにか言おうとするまもなく、バルダーは手を離し、背中を向けて歩き出していた。占い師は思わず彼の方に手を伸ばし――そのまま降ろした。
「よその土地に行っても……あなたのことは忘れない」
 その呟きは、バルダーには聞こえないほど小さかった。 

 

 

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