保護者呼び出し

 

「おとうさんがいらしたわよ」
 先生が言った。
 怒っているというよりも、困ったような思いつめたような表情で、おとうさんは控え室に入ってきた。先生にあいさつして、私のほうを向いた。
「パティ、先生から聞いた。ダイアナとけんかして花瓶で叩いたということだが……」
 その声はいつもの調子より厳しい。私は早くもおとうさんの顔をまともに見られなくなって、下を向いた。
「ほんとうなのか? おまえのほうが先に手を出したというのは」
 一応、本人に確認してくれるのは嬉しいけど、答えるのはつらい。
「……ほんとうです」
「顔を上げなさい」
 私は顔を上げ、歯をくいしばる。おとうさんの手のひらが右の頬をぴしゃりと打った。いつもながら、ぎりぎりで耐えられる程度の痛みを感じる、絶妙な力加減。
 涙が出てきた。床にぽたぽたと落ちる。
「俺が言いたいことはわかるな?」
「うん……先にぶった私が悪いの。それと学校の備品を壊した」
「たんこぶ程度ですんで良かったが、もし大けがをしていたら大変なことだぞ。わかってるのか」
「……はい……」
 ダイアナがけっこう石頭だったことには素直に感謝しよう。花瓶の方が粉々だった。
「ダイアナにあやまったのか?」
「あやまりました……叩いたことは」
 とってもとっても不本意だったけど。
「先生には?」
「あやまりました。もうしませんって約束しました」
「わかった。……ところで、なぜダイアナを叩いた?」
 うわ……なんで聞くの? ビンタ一回で、もう終わりにしてほしかったのに。
「おまえはわけもなく友達を叩くような子じゃない。それだけの理由があったんだろう?」
「うん……そうだけど……」
 その理由は言いたくない。
 ちらっと先生の顔色をうかがう。先生は困ったような顔をした。それでも先生は、助け船を出そうとしてくれて、口を開きかけた。そのとき。
「言えないのか、パティ」
 おとうさんに迫られて、私は覚悟を決めた。
「言うわよ……ダイアナが腹の立つことを言ったの」
 せっかく忘れようとしていたのに、また思い出してムカムカしてきた。おとうさんが悪いのよ。
「腹の立つこと?」
「おとうさんを侮辱した!」
「なんだって?」
「ダイアナは……『うちのおじさんははやくに警部になったのに、あんたのおとうさんは頭悪いから同期なのに万年巡査部長なのね』って。おとうさんのこと3回もバカって言ったのよ!」
 驚いたおとうさんの顔は、なんとも見ものだった。あまりにおもしろすぎたので、私は怒っていたはずなのにあやうく笑いそうになってしまった。
「そ……そうだったのか……」
 おとうさんは先生を振り返った。先生も複雑な表情で、そのとおりだというように頷いた。
 おとうさんはため息をついて、私の顔をまっすぐ見た。もう、怒っていないようだ。青い目が私をやさしく見つめている。
「すまなかったな、甲斐性のない父親で……お前にいやな思いをさせたことは謝る。許してくれ」
 おとうさんがあやまることないのに。自分で認めちゃだめだよ。だからバカにされるのに、わかってないんだから。
「だが、ダイアナを叩いていいという理由にはならない。そうだろう?」
 まじめな声でおとうさんは言う。私はむきになって言い返した。
「おとうさんはバカじゃないもん。ダイアナったらおじさんがおじさんがって、自分のおとうさんじゃなくておじさんの話ばっかりしてずるい!」
「パティ……」
 おとうさんは私の両肩にそっと手を置いた。
「ダイアナのおとうさんは立派な警察官だったが、早くに病気で亡くなった。だからおじさんが父親代わりみたいなものなんだ。ダイアナもきっとさびしかったんだろう。パティがおとうさんの話をしているのを聞いて、おもしろくなかったのかもしれない」
 どうしてダイアナをかばうようなこと言うんだろう。おとうさんの娘は私なのに。私だって、おもしろくなかったわ。
「知らないわよそんなこと! 私だって……おとうさんをバカにされて悲しかったんだから……」
 そこまで言うと、もう我慢できなくなって、私はわあわあ泣き始めた。
 次の瞬間、私はおとうさんにぎゅっと抱きしめられた。痛いくらいに。でも私はもうそんなことかまっていられなかった。ただ、泣きたかった。

 

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