コンサートでの事件

 

 今夜は教会のチャリティー・コンサートが行われます。コンサートに行くために、ホワイトさんはがんばって配達をして、無事に定時で仕事を終わらせることができました。コンサートでは親友のピーター・ベアーズさんが、ボランティア出演で何曲か独唱するので、ホワイトさんは彼の歌を楽しみにしていました。合唱に参加するジェニファーさんからも、ぜひ来てくださいと言われていました。
 今日は連れがいます。ホワイトさんの遠い親戚で、作家をしているフィロス・オフィーという人です。年齢が近いので、子どものころは時々いっしょにあそんだこともありますが、最近は会っていませんでした。それがどうして連れだって出かけるかというと、コンサートのあとで、オフィーさんをベアーズさんに引き合わせるためでした。フィロスさんは、今度書く小説に音楽家が出てくるので、いろいろと取材をしているところでした。ホワイトさんの親友がプロの歌手だと聞いて、ぜひ話を聞きたいから紹介してほしいと言うのです。
 ホワイトさんがベアーズさんに連絡をとったところ、快く了解してくれました。そこで、コンサートのあとで食事でもしながら話をしようということになりました。
 待ち合わせ場所でフィロスさんと会いました。ふたりで教会に向かうと、コンサートを聴きに行く人たちがぞろぞろと歩いているところに合流しました。今夜は盛況になりそうです。寄付もたくさん集まることでしょう。
 ふと、聞き覚えのある女性の声が聞こえました。声のした斜め前のほうを見ると、以前ジェニファーさんのアパートで会った、黒い瞳の女の人が歩いていました。となりには、ギャラハンさんがいます。聞くつもりはなかったのですが、二人の会話が聞こえてきました。
「ウォルターはずいぶん張り切ってたわね」
「うん、あいつは昔から歌が大好きなんだよ。それにしてもジェニファーは偉いなあ。入院中の遅れを取り戻すために、練習をずいぶんがんばってたらしいね」
「ええ。……ところでピートはやっぱり今日は来ないのね?」
「うん、とてもそれどころじゃないみたいで……まあ、しかたないよ」
 そうか、ジェニファーさんはがんばったんだな、一生懸命聴かなくちゃ、とホワイトさんは思いました。
 教会の入り口は、少し混んでいました。受付が、招待客用と一般客用とに別れていました。町の名士やお金持ちなど、多額の寄付をしてくれそうな人が招待されているのでしょう。ホワイトさんたちはもちろん一般用に並びました。
 招待客用の受付に並んでいる人の中に、ウッドさん一家がいました。エレノアさんは大きな花束を抱えていました。あれはベアーズさんに渡すものだろうと、ホワイトさんは思いました。エレノアさんは最近、少し元気になってきたようで、ホワイトさんも嬉しく思っていました。冬にウッド夫人が郵便局に来て泣いていたことが、嘘のようです。ベアーズさんの歌が、エレノアさんを元気にしてくれたのかもしれません。
 接待係と思われる若い男の人が、ウッドさん一家を連れて行きました。招待席まで案内するのでしょう。
 自分達の受付が済むと、ホワイトさんたちは、忘れないうちにと、献金箱にお金を入れました。それから礼拝堂に入り、空いている席を見つけて腰かけました。真ん中あたりの列でした。ホワイトさんの席は中央通路のすぐ横だったので、少しからだを横に乗り出せば、ステージの真ん中がよく見えます。座席の一番前の列から、さっきの花束が通路側に少しはみ出して見えています。あそこがエレノアさんの席なのでしょう。
 ホワイトさんは、小さな子のたどたどしくかわいらしい朗読や、下手だけれども一生懸命な合奏団や、久しぶりに聞く親友の美声や、寄せ集めにしてはなかなかいいできの合唱団の演奏を聴いて、楽しいひとときを過ごしました。
 プログラムの最後の曲も終わり、教会の中は拍手喝采です。ベアーズさんが一礼すると、ひときわ大きな拍手がわきました。エレノアさんが花束を渡し、握手していました。


「すばらしい声だね。これからが楽しみだな」
と、フィロスさんが言いました。
「売れすぎるとなかなか会えなくなるから、適当なところでおさまっていてほしいな、僕は」
 ホワイトさんはそう答えました。
 入口のホールで待っていると、花束を持ったベアーズさんが出てきました。招待客と思われる、身なりの立派な人たちがまわりを囲んで立ち話を始めました。エレノアさんの姿も見えます。
「あそこでつかまってるよ。こりゃ、もう少し待たなきゃだめだな」
 フィロスさんが笑いながら言いました。ホワイトさんは、フィロスさんが退屈しないように、一生懸命世間話の話題を考えました。最近のベストセラー本のこととか、書籍を郵便で送るときの料金の話とか、この町の名産は月光の丘まんじゅうなのだとか、これから食事しに行く店の赤毛の店主の話だとか。
 そうこうしているうちに、ようやく、ベアーズさんのまわりの人だかりは消えていきました。エレノアさんは帰るときにホワイトさんに気づき、にっこり微笑んでいきました。ちょっと嬉しく思いました。
 ホワイトさんとフィロスさんは、ベアーズさんのそばまで歩いていきました。
 挨拶と紹介が済み、コンサートについての話をしていると、接待係の人がやってきました。
「ベアーズさん、花束をお預かりします。ほかにもいくつか届いているので、マネージャーさんにお渡ししておきます」
「ああ、すみません」
 ベアーズさんが花束を接待係の人に渡そうとしたときです。
「あの人よ、きっとあの人だわ! とり返してちょうだい!」
「ゴージャスさん、ちょっとお待ちなさい」
と、騒々しい声とともに、数人の人たちがこちらに駆けてきました。先頭は、派手に着飾った中年の女性です。なんだか必死にドタドタ走ってきます。そのあとを、やや体格の良い青年が――さっき、合唱団の中にいた顔でした――追いかけています。ホワイトさんたちがあっけにとられていると、女性はホワイトさんたちの近くまで来て止まりました。そして、接待係をびしっと指さし、
「私の扇子の房飾りを盗ったでしょう! 返しなさい!」
と、すごい剣幕で言いました。
「えっ?」
 接待係の人は、きょとんとした顔をしています。
「ウォルター、この人逮捕して!」
と、追いついた青年に言う女性。青年はまあまあ、と彼女をなだめてから言いました。
「あの、じつはですね、ゴージャスさんが持っていた扇子の房飾りがいつのまにかなくなっていて……コンサートを聞いているあいだのことだというのですが、失礼ながら――」
「私が盗んだと疑われているのですか? なぜです?」
 接客係の人はうろたえることもなく、怒ることもなく、落ちついた様子でそう尋ねました。女性――ゴージャスさんという名前らしいです――は、ますますかっかとなって、
「隣の席にあなたがいたからですよ! 暗い中で一度扇子を落としたら、それを拾ってくださったでしょう。そのときに房飾りを盗ったのでしょう、そうでしょう?」
とわめき立てます。
「たかが扇子の房飾りで、どうしてそんなに大騒ぎするんですか?」
と口をはさんだのはフィロスさんです。ゴージャスさんはフィロスさんをにらみつけました。
「ただの房飾りじゃありませんのよ。小さな宝石がたっくさん、たっくさん、ついているんですのよ」
「ああ……なるほど……」
 フィロスさんは微笑しながら頷きました。
「座席のまわりや下も調べましたが、見つからないんです。でも、もしかしたら誰かが拾って落とし物として届けたかもしれませんよ。少し待ってください、今ジェニファーが問い合わせに行ってますから」
と、さっきから女性の横にいる、ウォルターという青年は言いました。そこにジェニファーさんが駆けてきました。
「残念ながら、遺失物の中にはないそうです。どこにいったのかしら?」
 そこにいるみんなは、途方に暮れてしまいました。ただひとり、ゴージャスさんが、
「ほら、ごらんなさい。やっぱり犯人はあなたね、チープさん。最近遊びすぎてお金に困っているという噂も聞いているんですよ。はやく白状なさい!」
と叫んでいます。ホワイトさんは、証拠もなく責められるチープさんが気の毒だと思いました。
 しかしチープさんは顔色ひとつ変えずに言いました。
「私は房飾りを盗っていません。でもそんなにお疑いなら、どうぞ身体検査でも持ち物検査でもしてください。ウォルターは警察官ですし、公平に見落としなく調べてくれるでしょう」
「ウォルター、さあ調べなさい。房飾りが見つかれば逮捕よ」
 ゴージャスさんは、すっかり命令口調です。ウォルターさんは困った顔です。
「ですが、となりに座っていたというだけで疑うのも――」
「私はかまいませんよ、ウォルターさん。調べてもらってゴージャスさんの気がすむなら、どうぞ。なにも出てきやしませんから」
 チープさんがそう言うので、ウォルターさんは、
「わかりました」
と言って、チープさんといっしょに、近くの小部屋に入っていきました。
「まあ、出てこないだろうね」
 フィロスさんがホワイトさんに小さい声で言いました。ホワイトさんも、そんな気がしていました。


 少しするとふたりは出てきました。
「調べましたけど、房飾りも宝石もありませんでしたよ」
 ウォルターが言うと、ゴージャスさんは真っ青になりました。
「なんですって! チープさんじゃないとすると、それじゃ、いったい誰が」
「ゴージャスさん、その前にチープさんに謝らないと……」
 ウォルターさんに言われ、ゴージャスさんは、きまりの悪そうな顔で、チープさんに謝りました。
「申し訳なかったですわ、疑ったりして。許してくださいませね」
 チープさんは、
「いえ、間違いはだれにでもあることですし。疑いが晴れて私もすっきりしました」
と答えました。ずいぶん、さばさばした性格の人だな、とホワイトさんは思いました。もし自分だったら、あんなふうに疑われたら、かんかんに怒るかもしれません。
「早く見つかるといいですけどね。それじゃ、私はまだ仕事がありますので」
 そう言うと、チープさんはベアーズさんから花束を受け取り、事務室のほうに歩き出しました。そのとき、
「ちょっと待ってください」
という声。チープさんも、ほかのみんなも声のした方を見ました。声の主はフィロスさん。チープさんのほうに近づきます。
「なんでしょうか?」
「その花束、ちょっと見せてください」
 フィロスさんがそう言うと、チープさんはぎょっとした表情になりました。
「え、ど、どうしてですか?」
 フィロスさんは花束を取り上げ、さかさまにして振りました。なにかが床に落ちました。
「房飾りだわ! こんなところに!」
 宝石がちりばめられた、豪華な房飾りでした。花束の中から出てきたのです。みんな、びっくりしました。
 フィロスさんは房飾りを拾い、ゴージャスさんに渡しました。
「ひもが切られているようですね。小さなナイフかはさみで切って、盗んだのでしょう」
「これは……どういうことだ? 花束はベアーズさんが持っていたんですよね」
 ウォルターさんがベアーズさんに確認すると、ベアーズさんは、
「ええ、受け取ってからずっと私が持っていました。でも、コンサートの前から今まで、ゴージャスさんとはいちどもすれ違うことすらありませんでしたよ」
と答えました。ウォルターさんはさらに質問します。
「その花束を持ってきたのはたしか、若い女性でしたね」
「エレノア・ウッドさんという、僕のファンをしてくださっている方です。まさか彼女を疑うんですか?」
 ベアーズさんは、ちょっとむっとした顔で言いました。
「一応、可能性としてはそれも考えなくてはいけませんわ。エレノアさんはどちらに?」
とジェニファーさんが言いました。ベアーズさんはしぶしぶ答えました。
「もう帰りました。でも――」
「エレノアさんの席は、どちらでしたか?」
 フィロスさんが口をはさみました。するとゴージャスさんが、
「私の斜め前でしたわ。一番前の列、中央の通路のすぐ左でしたわね」
と答えました。
「あのかたは関係ないと思いますわ。いちども後ろを向きませんでしたし」
「でも、近いところにいらしたんですね。チープさんのすぐ前の席ということですね」
 フィロスさんは言いました。
「あっ、そういうことか!」
 ウォルターさんが小さく叫んで、チープさんの腕を掴みました。
「房飾りをこっそり切りとって、前の席のエレノアさんの花束に隠したんですね? 疑われても、盗品を持っていなければ証拠はなにもない。そして花束はペアーズさんに渡されても、あとでチープさんの手元に来ることが確実だったから――」
 フィロスさんもそれに付け加えて言います。
「自分の席をゴージャスさんの隣にすることも、エレノアさんを前の席に案内することも、接待係のチープさんなら自由にできますしね」
 チープさんは真っ青になって、ウォルターさんの手をふりほどいて逃げようとしました。しかし近くにいた男たちがすぐにチープさんをとりおさえました。 
 ウォルターさんは悲しそうに言いました。
「残念ですよ……教会でこんなことがおきるなんて。せっかくコンサートが成功したというのに」
 それからフィロスさんに向かって、
「ご協力に感謝します」
とお礼を言いました。
 少し後味が悪くなってしまいましたが、ホワイトさんたちは気を取り直して、食事に出かけることにしました。
 歩きながらホワイトさんは聞きました。
「どうして、花束の中に房飾りが隠されているとわかったんだ? 僕には思いもよらなかったよ」
「いや、ベアーズさんが持っていた花束の花の間から、房飾りがちらっと見えたんだよ」
「ええっ? じゃ、なぜ早くそれを言わなかったんだ」
 するとフィロスさんはにっこり笑って答えました。
「だって、すぐに見つかったんじゃ、おもしろくないじゃないか」

 

 

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