受取人を探せ!


  クリスマスが近づいたある朝、郵便局員のホワイトさんが出勤すると、同僚や上司が作業机を囲んで集まり、なにか話し合っていました。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
 ホワイトさんが声をかけると、局長のブラウンさんが答えました。
「ああ、おはよう。じつはけさ、棚と壁のあいだにこれが落ちているのを見つけたんだが――」
と、机の上を指さしています。そこには一通の封筒がありました。黄ばんでいて、月日が経っていることがわかりました。
「貼ってある切手から察するに、二十年も前に投函されたものらしいんだ。仕分けの時にでも、うっかり落っことしたんだろうな。しかし宛名のインクがほとんど消えていて読めないし、いまさら配達は無理だろうかと話していたところだ」
「宛名、全然読めないんですか?」
「地区名まではなんとか読めたが、そのあとの番地がはっきりしない。受取人はWで始まる姓のようだが、心当たりないかね?」
「僕もWで始まりますが、僕宛じゃないですよね。でもWではじまる姓の家は、この地区にはたくさんありますからね……ほかになにか手がかりはないんでしょうか」
「わからないな。差出人の名前は辛うじて読めるんだ。アナベル・レーンと書いてある。しかし住所は……はじめから書かなかったみたいだ。あまり上手い字ではないということくらいしかわからん。どうも、子供が書いたもののようだな」
 ホワイトさんも封筒を見てみましたが、たしかに地区の名前と姓のW、そして差出人の名前しか読めません。
「しかし、できるだけのことはしなくてはならん。きょう配達に行くとき、Wの姓の人にかたっぱしから、心当たりがないか聞いてみてくれないか。差出人の名前はわかってるのだし」
「はい、わかりました」
 クリスマスカードの配達で忙しいこの時期に、そんなことまでしなくてはならないのは大変だと思いましたが、不平を言うわけにもいきません。郵便物の配達は、ホワイトさんの大事な仕事です。たとえ千年前の郵便物だとしても、こうしてここにあるからには、配達する義務があります。まじめなホワイトさんはある種の覚悟を決め、今日の配達物と謎の封筒を鞄に入れて、いつものように配達に出かけました。
 配達しながら、Wで始まる姓の家の人に聞いてみましたが、誰も差出人に心当たりがないというのでした。そうしているうちに、お昼が過ぎ、日が傾き、夕方になってきました。配達物も残りわずかです。
「だめかなあ、これ」
 配達できないとなると、住所のわからない差出人に戻すわけにもいかず、廃棄処分になってしまいます。どこかの子供が――今はもう大人になっているだろうけど――一生懸命書いたんだろうに。ホワイトさんは気の毒に思いましたが、どうすることもできません。
 なんだか疲れてきたし、のどもかわいたので、ホワイトさんは、開店時間になったフロンティア・パブに飛び込んで、あたたかい飲み物を注文しました。
 テムズさんがホットコーヒーを運んできてくれました。
「いまの時期は配達が多くて大変ですね。それに今日は朝から曇っていて、雪が降りそうな寒さだし」
「ええ……ずっと外にいると凍りそうで。暖炉が恋しいですよ」
「じゃ、もっと火のそばにどうぞ……あら? それ、なんだか古い手紙みたいだけど」
 テムズは、ホワイトさんが手にとって確認している手紙を見て言いました。
「ああ、これね。そうなんです。配達されなかった手紙が、今頃出てきたんですよ。でも宛名もほとんど消えてしまって、届けられなくて困ってるんです」
 それを聞きつけたサリーもやってきました。
「事件ですかぁ?」
「宛名が消えちゃってるんだって」
「どれどれ、この名探偵に見せなさぁい。受取人を推理してあげますよう」
「ありがとう。でもいくら名探偵でも無理ですよ。Wしかわからないんですから。配達しながらみんなに聞いてみたけど、誰もこの差出人を知らないんです」
「うーん……」
 腕組みしてすこし考えこむサリー。
「なかの手紙を見てみれば、手がかりがあるかもしれませんよ? 親愛なるなんとかさん、って書き出しがあるでしょ」
 ホワイトさんはあわてて首を横に振りました。
「とっ、とんでもない!勝手に開封するなんて、そんなことできませんよ。クビにされちゃいます」
「でも、それでちゃんと宛先に届けることができれば、逆に感謝されますよぉ」
「いくら感謝されてもクビになるのはいやだなあ……」
「じゃ、かわりにテムズさんが開けて見て、もとどおりに封をしておけば大丈夫。ホワイトさんが見てなければ、クビにならないですぅ」
「えっ?」
「ちょっと待ってください」
 でも、サリーは自分のすばらしい思いつきにひとりで感心しています。
「自分が罪を被っても人助けなんて、さすがテムズさんですぅ」
「なんで私なのよ。サリーがすればいいじゃない」
「開封したという痕跡を残さない技術は、私よりテムズさんのほうが上ですぅ。それに、名探偵は自分の手を汚さないのさ、ですぅ」
「なんか変じゃない? まるで悪役の台詞みたいよそれ」
「あの――」
 困ったホワイトさんが言いかけると、
「まあいいからまかせておきなさい、ですぅ。ホワイトさんがあっち向いてコーヒーを飲んでるあいだにぱぱっとすませますから」
 そう言いながらテムズに封筒を渡します。しかたなく、テムズはペーパーナイフを持ってきて封筒にそっと差し入れ、丁寧にはがし始めました。ホワイトさんは、本当はそれを止めなければいけなかったのですが、できませんでした。それで受取人が誰なのかわかりそうな気がしたからです。無事に届けることができるなら、自分がクビになってもいいやとまで思いかけました。やがてテムズは封筒をきれいに開封し、中に入っていた薄っぺらなカードを取り出しました。サリーがそれをすばやくひったくって、開きました。そしてあっと驚いた声をあげました。
「ど、どうしたの?」
 テムズものぞきこみます。
「なにも書いてないですぅ! ミステリィですぅ」
「えーっ?」
 驚くホワイトさん。
「中身も、インク消えちゃったんですか?」
 がっかりです。もう、ほんとうになんの手がかりもないのでしょうか。
「っていうより、はじめから白紙みたいな気が」
ホワイトさんに見せようとしたサリーの手がすべって、カードがひらりと落ちました。
「あっ!」
 カードが暖炉の中に落ちていきます。赤い火の中に! 必死で手を伸ばし、カードを掴むホワイトさん。
「ふぅ、あぶなかった。燃えちゃうところだった」
 冷や汗を拭いながら、ホワイトさんはカードを見ました。
「おや?」
「ね、なにも書いてないでしょう」
「……いえ、最初のほうだけなにか書いてありますよ。親愛なる……マイケル。クリスマスおめでとう」
 驚いてのぞきこんだふたりも、そこに文字を確認しました。
「ほんと。私たちが最初に見たときは、真っ白だったのに……ねえサリー?」
「そうですよぅ。どうしてですかぁ?」
「でもほら、書いてあるでしょ。でもこの文字、なんかへんだなあ」
 そのとき、それまで黙ってグラス磨きをしていたウェッソンが、カウンターの中から発言しました。
「それって……あぶり出しじゃないか? 果物の汁で字を書いて乾かしておいて、一見真っ白だけど、火にかざすと字が浮き出てくるやつ」
「そ、そうか! いま、暖炉の火で……。それじゃ残りの部分も?」
 こがさないよう、慎重にカードを火にかざすホワイトさん。すると、だんだん文字が浮き出てきました。
「ことしもいつものとおり、元気ですか? 最近、近所に……ウォーキンスさんという人がいることを知りました。きいてみたけどマイケルの親戚とかではないみたい。でもこの人に会うたびに、マイケルのことを思い出します。もう何年も会ってないから、いちど会いたいなと思います……」
 どうやらマイケル・ウォーキンスというのが、受取人の名前のようです。カードの最後にある差出人の名前は、封筒と同じ、アナベル・レーン。
「ウォーキンス……っていうと――」
 サリーがテムズの顔を見ました。
「おとなりのエリーおばさんの姓だわね。マイケルっていう息子さんがいるのかどうか、私にはよくわからないけど……」
と、テムズが言いました。
「この地区には、ウォーキンスさんは一軒しかありません。あ、ありがとうみなさん!」
 そう言いながら立ち上がり、急いで出ようとしたホワイトさんは、入り口で立ちどまり、振り返りました。
「すみません……糊、貸してください。封をしなきゃ渡せない」
 ホワイトさんはもとどおりに封をすると、フロンティア・パブのお隣の雑貨屋さんに駆け込みました。
 エリーおばさんは話を聞いて、自分の息子のひとりが、マイケルという名前だと言いました。ホワイトさんは、封筒を開けて中を見たことは黙っていようかと思いましたが、正直な性格だったので、隠すことができませんでした。それで、詫びながら封筒を渡しました。エリーおばさんは、そんなことは気にしなくていいのよ、と言いながら受け取りました。
「息子のお友達からだわね。そういえばマイケルはいちどだけ、いつもカードをくれる友達からクリスマスカードが届かないって心配していたことがあったわ。そのとき届かなかったのがきっとこれね」
「どうも、申し訳ありませんでした。こちらのミスで、二十年も棚のうしろに放置してしまって……」
「いいえ、そんな昔のこと、あなたのせいではないでしょう。わざわざ届けてくださって、ありがとう。息子もきっと喜ぶわ」
「そんなふうに言っていただけると僕も救われます。それで、今はマイケルさんは別の住所にお住まいなんですよね? うちのほうで、転送しましょうか。クリスマスまでに届くかどうか微妙なところですが」
「それには及びませんよ。私が預かっておきますから」
と、にこやかにエリーおばさんは言いました。
「ところでホワイトさん、あなた確かまだ独身だったわよね?」
「……じゃ、まだ配達がありますのでこれで」
 すばやく危険を察して、急いで老婦人のもとを去るホワイトさんでした。きっとまた誰か親戚の女の人を紹介してくれるという話でしょう。そういうのは苦手でした。
 とりあえず、無事に宛先が見つかってよかった、早く局に帰ってみんなに知らせよう、と思いながら、ホワイトさんは残りの配達を急ぐのでした。
 エリーおばさんは、ホワイトさんが急いで行ってしまった本当の理由を知らず、「あら、あんなに急いで。ほんとにたいへんねえ、クリスマスカードの配達も」
などと言っていました。
「そうそう、はやくマイケルにこれを見せなくちゃねえ……」
 エリーおばさんは居間に行って、封筒からカードを出して開き、暖炉の上に立てて置きました。そのまわりにはいくつもの写真立てがあります。エリーおばさんの家族の写真です。両親、きょうだい、子供、孫。そのなかのひとつ、ハンサムな青年の写真に向かって話しかけました。
「ねえ、マイケル。昔、あなたの大切なお友達が送ってくれたカード、ホワイトさんがきょう届けてくれたわよ。よかったわね。年が明けたら、ジョージに頼んでお墓まで持っていってもらうけど、いまは、ここにこうして飾っておきましょうね」
 暗くなった窓の外、街灯の明かりを受けて、白い小さなものがきらきら光りました。雪がちらついてきたのです。エリーおばさんはそれを見てつぶやきました。
「あらあら、寒いと思ったら……ホワイトさん、風邪をひかないといいけど」
 

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