バースデープレゼント

 

 ノックの音がした。ジェニファーは玄関のドアに向かった。
「はい、どなた?」
「俺だよジェニファー、あけてくれないか?」
 ドアの向こうから聞こえる声には、聞き覚えがあった――ありすぎた。しかし、そんなことがあるのだろうか?
「……ウォルター? ウォルターなの?」
 急いでドアを開けると、まちがいなくウォルターがそこにいた。
「ほんとうにウォルターだわ! どうして……?」
 呆然とするジェニファーに、ウォルターは少し照れたような笑顔で答える。
「どうしてって、その、きみの誕生日だからさ」
「……それで会いにきてくれたの? もう会えないと思っていたのに。これは夢かしら……きっと夢ね」
「ああ、夢だよ。……いや、あんな別れ方をしちゃったから、なんていうか……申し訳なくて」
「夢でもいいわ……ウォルター、会いたかった!」
 ドアを大きく開いて彼を招き入れるジェニファー。ウォルターはジェニファーの顔をじっと見て言った。
「やっぱり、少しのあいだに急に痩せたみたいだね。つらい思いをさせてすまなかった」
「……もう大丈夫だから、心配しないで。みんながいろいろ力になってくれるし、私なんとかやっていけるわ」
 今、泣いてはいけないとジェニファーは思った。でも、涙をこらえるのはとてもつらい。
「それでこそジェニファーだ。……あ、そうだ。忘れないうちに、あれを渡しとかなきゃ」
「え?」
「そこのチェストの一番下の引き出しを開けて、奥の方を探してみてくれないか。リボンのかかった箱があるだろう?」
 言われて引き出しを開けると、たしかに奥の方から見慣れない箱が出てきたので、ジェニファーはびっくりした。
「こんなものがあるなんて、全然気がつかなかったわ。毎日開けてたのに」
 ウォルターの茶色の瞳がいたずらっぽく笑った。
「売り切れないうちに買って隠しておいたんだ」
「ウォルター、これ……」
「プレゼントだよ、誕生日の。おめでとう」
 静かにウォルターは言った。ジェニファーは感激のあまり、一瞬声も出なかったが、なんとか口を開く。
「ありがとう……開けていい?」
「もちろん」
 リボンをほどき、ゆっくり包みを開けると、箱の中から銀細工のペンダントがあらわれた。ジェニファーは息を飲んだ。
「まあ……このペンダント……」
「欲しかったんだろ? いつもショーウィンドウの前で立ち止まって見てたし」
「そうか、見られてたのね……すごく欲しかったの。でも手が出なくて……ありがとう、ウォルター。一生大事にするわ!」
「良かった、喜んでくれて。ここまで来たかいがあったな。それ、ちょっとつけてみてくれないか」
「ええ」
 ジェニファーは震える手でペンダントを箱から出し、チェーンを首にまわす。
 ウォルターは目を細めてそれを見ながら、うれしそうな声で言った。
「……よく似合ってる」
「そう?」
 そこまでが限界だった。少しの沈黙のあと、ジェニファーはとうとうこらえきれなくなり、涙をぽろぽろとこぼした。
 こんなに優しい人なのに……どうして……。
「泣くなよジェニファー」
 ウォルターが困っている。泣くのをやめなくては……。そう思っても、涙はとまらない。
「……ごめんなさい……ごめんなさいウォルター。せっかく来てくれたのに」
「ああ、いや、あやまらなくていい。俺が悪かったんだ……。それじゃ俺、そろそろ行くよ」
 それを聞いて、ジェニファーの体がびくりと震えた。泣き顔のままウォルターを見上げる。
「もう行ってしまうの?」
「うん……そんな顔しないでくれ。またいつか会える日が来るから」
 ウォルターは少し寂しそうに、でも笑顔で言う。そんな彼を見ると、いつまでも泣いてはいられなかった。ジェニファーも口元に笑みを浮かべ、
「ええ、そうね……またいつか会えるわね」
と答えた。
「それまで、元気で」
「おやすみなさいウォルター……愛してるわ」
「俺もだ。……おやすみ」
 ウォルターは出ていった。見送るジェニファーの目の前で、ゆっくりドアが閉まる。
 ジェニファーはそこに立ったまま、彼からの最後のプレゼントを握りしめた。そしてつぶやいた。
「ウォルターったら、ほんとに律儀な人だわ……お葬式がすんで、もう十日も経ったのにね……」



ちょっとあとがきっぽいものとか

 

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