じゅうがつのゆき

 

 

  ドアを激しくノックする音で、ウェッソンは目を覚ましました。
  叩いていたのはサリーでした。
 「ウェッソン、窓の外を見て。雪降ってるのよ」
 「おいおい今は10月だぞ、この町で雪なんて降ってるわけが……」
 と、半寝ぼけのウェッソンが首だけ窓のほうに向けて見ると、カーテンの隙間からなにか動く白いものが見えました。
 「まさか?」
  半信半疑のまま、カーテンを引き窓を開けると、たしかに雪が降っています。
 「へえ、ほんとだ。せっかちな冬将軍だな、いったいどうしちまったんだ」
  そう呟いたときです。ウェッソンは背後に殺気を感じ、あわてて振り返りました。
  目の前に、ドラゴンとゴリラのハーフみたいなモンスターが立って、両腕を振り上げていました。
 「うわっ!」
  モンスターは牙をむき、ウェッソンに襲いかかって来ました。ウェッソンは急いで、机の引き出しから銃を出し、至近距離から一発。
 その瞬間、モンスターはぱっと姿を消しました。
 「な、なんだ……?いまのは……」
  ウェッソンは目をぱちくりさせ、手元のリボルバーを眺めました。
 「夢じゃない、よな」
  ところで、サリーはどこに行ったんだろう、とウェッソンが心配しはじめたとき、テムズが部屋に飛び込んできました。
 「ウェッソン! 朝っぱらからなによっ!」
 「ああテムズ、いまへんなやつが――」
 「このあいだはっきり言っておいたわよね。このつぎ宿の中で銃を撃ったりしたら、没収だって」
  テムズはウェッソンに言い訳の暇も与えず、銃をとりあげました。
 「あっ、ま、まってくれこれにはわけが……いやそれよりサリーがどこかに」
 しかしテムズはとても怒った顔で、つめたく言い放ちました。
 「この銃は"つの"に持って行くわ。すずめの涙くらいのお金にはなるでしよう」
 「つの?」
 「郊外にある、スクラップ工場。正式には"ビッグホーン"って言うんだけど」
 「俺の銃をスクラップにする気か?」
  ウェッソンは真っ青になりました。
 「なによ、なにか文句ある?」
 「頼むからそれだけは勘弁してくれ。そいつは大事な相棒なんだ」
 「私の大事なバケツを壊してくれたのは誰だったかしら?」
 「だから、あのときは代わりを持ってきたじゃないか」
 「じゃあウェッソンには、この銃のかわりに水鉄砲でもあげるわ。とにかく、これは没収よ」
 そこに、
 「どうしたんですか〜」
 と、ねぼけまなこのサリーがやって来ました。
 「あ、サリーどこに行ってたんだ?」
 「どこにって、今起きたばっかりだけど……なんか銃声が聞こえて」
 「俺の銃が、"つの"行きになっちまいそうなんだ」
 「なあに、じゅうがつのゆきって。ああ、雪降ってるのね」
  サリーはとんちんかんな返事を返しました。
 「それじゃ、そういうことで」
 と、テムズは出て行こうとします。
  ウェッソンはもちろん、諦めるわけにはいきません。
 「テムズ、頼む。今回だけは許してくれ。なんでもするから」
 「だめよ」
 「そんなこと言わずに――」
  ウェッソンは、テムズを引き留めようと、おもわず彼女の腕をつかみました。すると、
 「わあっ、はなせ!」
 と大きな声がして、テムズが煙と共にボンと消えました。かわりに現れたのは、さっきのモンスターです。
 「おまえは……」
 「ちっ、正体がばれたか。うまいこと騙して穏便に銃をもらっていくつもりだったが、しかたがない」
  驚きましたが、テムズでなければ、それほどこわくはありません。ウェッソンは急に強気になって、モンスターに言いました。
 「おまえはいったい何者だ。どうして俺の銃を」
 「イーストエンドのあるガンマンが、俺を封印の壺から出してくれた。お礼にな、願いをひとつ聞いてやろうと言ったんだ」
  モンスターはあっさり白状しました。
 「そいつが俺の銃を欲しがったのか?」
 「いや、おまえから銃をとりあげてくれと」
 「なんだって?」
  ウェッソンには、イーストエンドのガンマンとやらに、まったく心当たりがありませんでした。
 「そうすれば、次の射撃大会で自分が優勝できるとか言っていた。俺も約束は守る男なんでな、おまえに恨みはないがこの銃はもらっていく」
 「冗談じゃない! それは返してもらうぞ」
  モンスターは楽しそうに笑いながら言いました。
 「銃なしでどうやって取り返す?」
 「そ、それは……えーと……」
 そのとき、モンスターの頭に何かが直撃。ボカッというものすごい音がして、モンスターはぎゃーとおそろしい叫びをあげました。そして、そのまま消えてしまったのです。捨てぜりふはきっちり残して。
 「今日のところは引きあげるが……あきらめたわけじゃないぞ。俺は約束……」
  銃が床に落ちていました。ウェッソンはそれを急いで拾い上げました。
 「ちょっと、なによ、今の」
  モップを持ったテムズが、不思議そうな顔をして立っています。
 「ありがとう、テムズ。助かったよ」
  ウェッソンは、素直に感謝の言葉を述べました。
 「しかし、すごいなそのモップ」
  テムズはうれしそうに答えました。
 「こないだ、隣町に出かけたとき新装開店の武器屋の前を通りがかってね、そこの店頭にこんないいモップがあったのよ」
 「え、ぶ、武器屋でモップ?」
 「へえ〜、なんか丈夫そうでいいですねぇ。叩かれると痛そうですけど」
 と、ウェッソンの後ろから顔を覗かせたサリー。
 「それにしても、へんな朝だったな。雪は降るし、モンスターは出るし」
  ウェッソンは窓の外を眺めながら呟きました。
  雪はまだ、ちらちら降っていました。

 

 

 

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