I Wish You A Merry Christmas

 

 クリスマスも近い、とある晩のこと。
 フロンティア・パブはいつものように、いや、いつも以上ににぎわっていました。テムズも、サリーも、ウェッソンも、大忙しです。
 入り口のドアが開いて、お客さんが入ってきました。若い女性と年配の婦人です。ふたりが着ているコートは、高級ホテルかレストランにふさわしいようなものでした。テムズはちょっと不思議に思いながらも、
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
と聞いてみました。若い女性が答えました。
「いえ、飲み物をいただきたいのです。乗っていた馬車が故障したので、修理が終わるまでの間、休ませていただきたいんですの」
「まあ、それは災難でしたね」
「楽しいクリスマスパーティだったのですけどね、帰りにこんなトラブルがあるなんてね」
 老婦人は苦笑して言いました。彼女は少し足が不自由な様子です。杖をつき、若い女性にささえられながら、ゆっくり歩いています。
 テムズは店内を見渡し、暖炉のそばの空席にふたりを案内しました。
「なにをお持ちしましょうか」
「ミルクティーと……奥様、なにかお召し上がりになりますか?」
 若い女性は老婦人のメイドのようです。地味な色のコートを脱ぐと、やはり地味な色の、しかし仕立てのよいドレスがあらわれました。それと対照的に老婦人のほうは明るい色の豪華な服を着ていました。
「いえ、私はもうおなかいっぱいですよ。でもローラ、あなたはあまり食べていないのでしょう。なにか好きなものを注文なさいな」
「奥様、私にはそのようなお気遣いはご無用です」
「あ、ああ……そうだったわね。ごめんなさい」
 ふたりは同時に笑いました。
「では、お茶だけいただきますわ」
 ローラと呼ばれた女性がテムズに言いました。
「はい、少しお待ちくださいね」
 そう答えたテムズはふと、この女性と会うのは初めてではないような気がしたのでした。もしかしたら、以前にこの店に来たことのあるお客さんなのかもしれません。
そういえば、ドレスの模様になんとなく見覚えがあるような気がしてきました。
 お茶をもっていったテムズは、ローラがホールの一点をじっと見つめているのに気がつきました。
「お待たせしました……あの、なにか?」
「え? ……あ、いえ、なんでも。ただ、あそこのテーブルは四角ではなかったような気が……」
「ええ、前には円卓がありましたけど、ちょっと使いにくかったので変えたんですよ」
 円卓のことを知っているなんて、やっぱり、前に会ったお客さんだ、とテムズは思いました。ローラは少し首をかしげて、かつて円卓があった空間を、まだ見つめているのでした。
「ローラ、どうかしたの? せっかくのお茶が冷めてしまうわよ」
と奥様が言いました。
「あ、はい、すみません」
 メイドは視線をお茶のカップに戻しました。


 しばらくして、またお客さんです。若い男性で、テムズがよく知っている顔でした。
「こんばんは、テムズさん」
「まあ、ほんとにひさしぶりですね、コーチマンさん」
「うん、じつは三ヶ月前からお屋敷勤めを始めたんでね、なかなかこられなくて」
「あら、知らなかったわ。それじゃ辻馬車の御者は辞めちゃったんですか?」
「ああ、今はお屋敷のご主人様を乗せた馬車を走らせてるのさ。うちの奥様とメイドがここに来てるはずなんだが」
「暖炉のそばの人たちがそうかしら? 馬車が故障したって……」
「ああ、そうなんだ。ほかの馬車と接触して車輪が……やっと修理が終わったから、呼びにきたというわけ」
 コーチマンさんはテムズに笑顔を見せ、
「まだ仕事中なんで、せっかく来たけど飲めないな。また今度」
と言いました。そして暖炉のそばの席まで歩いていきました。
「お待たせしてすみません奥様。修理がやっと終わりました」
「ご苦労さま。思ったより早かったですよ。それじゃ、行きましょう。ローラ、支払いをお願いね」
 少し苦労しながら立ち上がった奥様は、テムズに向かって微笑し、
「おいしいお茶でしたわ。ごちそうさま」
と言いました。
「ありがとうございました」
 テムズはローラから代金を受け取りました。そのとき、やっと思い出したのです。ドレスの模様をどこで見かけたか。
 三人は店を去りました。テムズはしばし呆然と立ちつくしていました。
「どうしたんですかぁ、テムズさん」
 サリーの声でわれに返るテムズでした。
「あ、うん、ちょっとね」
「なんだ。今の客となにかあったのか?」
とウェッソンも言いました。
「そうじゃないの……」
 テムズは入り口のドアを見つめながら答えました。
「ふたりとも、気がつかなかったでしょうね。今の女の人……前にうちで働いてもらったテムズ――テムズだった自動人形よ」
 サリーもウェッソンも驚いて、少しのあいだ、声が出ませんでした。やがて、
「いまの女の人って、あの上品そうな奥様がですか?」
とサリー。
「いや、若い方だろう。身のこなしがなにか特徴的だと思ったが、自動人形だとは気づかなかったな」
とウェッソンは言いました。
「でも、テムズはどうして気づいたんだ? 外見も全然ちがうものになっていたのに。まさか彼女が自分から挨拶したわけじゃないんだろう?」
「そりゃそうよ。前の仕事の記憶は全部消されているんだもの。私たちのことは覚えていないはず……でも……」
 テムズは、ホールの「あの場所」に目をやりました。
「なにかのまちがいで、かすかに円卓の記憶が残っていたみたい……」
「円卓の?」
 サリーとウェッソンが声をそろえて聞き返しました。
「そうよ。でもね、私だって、あの人があのドレスを着ていなかったら、きっとわからなかったわね」
「ドレスがどうしたんですかぁ?」
「見覚えがある模様だなあと思ってたの。帰り際にやっと思い出した。お餞別用に、エリーおばさんに頼んで作ってもらったものよ。私が生地とデザインを選んで」
「あー、あのときの大きな袋か」
「今の仕事も順調みたいで、よかったわ。やさしそうなご主人様だったし」
 テムズはにっこり笑いながら言いました。
「よいクリスマスでありますように――」


 

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