フロンティア・パブのクリスマス

クリスマスのフロンティア・パブはこんな感じ?という小さなお話を、どうぞ。

クリスマスツリーの話

 ある朝のこと。フロアの中央に、ウェッソンの背丈よりやや高いクリスマスツリーが置かれていた。テムズとサリーが、リボンや小さなキャンドルを飾り付けている。
「テムズさん、どうしてクリスマスにはこういうのを飾るんですか?」
 サリーが尋ねた。
「ええとね、私も良く知らないんだけど……樅の木って、横から見ると三角形でしょ? キリスト教の「三位一体」の象徴ということらしいわ。キャンドルを飾るのは、ドイツの、ルターとかいう神学者が始めたらしいけど。でも私たちの国でクリスマスツリーを飾るようになったのは、わりと最近のことよ。王室の習慣を、みんなが真似しだしたのよね」
「そうなんですかぁ」
「女王陛下の夫君はドイツ生まれだからな、ツリーを飾りたくてしかたがなかったんだろう」
 ウェッソンがサリーの後ろから呟く。
「キャンドルと、銀色のリボンか。まえに大陸にいたとき、これとよく似たクリスマスツリーを見かけたことがある。戦乱のさなかでも、クリスマスを祝っていたんだな――今思うとなんだか不思議だ……」
 妙に真面目な声に、サリーは思わず振り返ってウェッソンを見た。彼の青灰色の瞳は、ツリーを通してどこか遠いところを見ているように思えた。
「ウェッソン……?」
 サリーの声に、ウェッソンは、
「あ……いや、なんでもない」
といって笑った。
「ウェッソン、ヤドリギをあのへんにつるしてくれない?」
 テムズがテーブルの上のヤドリギを、続いて入り口のドアの近くの天井を指さして言った――なぜか頬をほんのり赤く染めながら。
「ああ、わかった」
 ウェッソンは脚立とヤドリギを抱え、ふと首を傾げた。
「去年はこっちのほうじゃなかったか?」
「いいの、今年はそっちに飾りたいのよ」
 テムズはあわてたような声で答えた。それから誰にも聞こえないように、つぶやいた。
「不意打ちはもうごめんだわ……」

↑ツリーを飾りつけるテサウたち……じゃなくて天使たち。

画像提供 Christian Clipart

クリスマスカードの話


「サリー、手紙が来てるわよ」
 テムズが差し出した封筒を受け取って差出人の名前を確認したサリーは、嬉しそうに言った。
「フレッドからですぅ」
 中から出てきたのは、クリスマスカードだった。フロンティア・パブにあるのと同じようなクリスマスツリーを背景に、ちょっぴりネルソンさんに似た、しかし白い髭を長く伸ばしたおじいさんが描かれている。おじいさんは、白い大きな袋をかついでいた。
「この派手なおひげのおじいさんは……大黒天様ですか?」
 サリーはカードをテムズに見せ、そう尋ねた。
「ダイコクテン・サマーってなに? これはファーザー・クリスマスね……」
「ファーザー・クリスマス?」
「よその国ではサンタクロースと呼ばれているみたいね。クリスマスにやってきて、良い子にプレゼントをくれるのよ」
「ええっ? 知り合いでもないのに、プレゼントをくれるんですか? なんて気前のいいおじいさんなんでしょう。きっと大金持ちなんですねぇ」
「へんなことに感心してなくていいから。フレッドはなんて?」
「あ、ええと……『メリークリスマス。年が明けたらまた会いましょう。新作を持っていきます』ですって」
「……それだけ?」
 テムズは少し物足りなさそうな顔で言った。
「それだけじゃダメなんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないけど……」
 きのう自分宛に届いたアリストからのカードには、びっしりと愛の詩が書き連ねてあったのに、などとは言えなかった。まあ、人それぞれだ。フレッドにはフレッドのやりかたがあるのだろう。
「そういえば、サリーはフレッドにカードをおくったの?」
「もっちろんですぅ! こまどりの絵がついたカードに、『誰がこまどりをつかまえるの? それは私、名探偵サリサタですぅ。来年に乞うご期待!』と書きました」
「……は?……つかまえる?」
「もちろんR・グレイのことですよう。はやく彼から挑戦状がこないかなあ、ですぅ」
 サリーはそう言って、行ってしまった。
 テムズは溜息をついた。まあ、人それぞれだけれど……。

↑R・グレイの手配書?

画像提供 Christian Clipart

クリスマス・プディングの話


 クリスマスの前日の、お昼頃のことだった。
「きゃぁぁぁぁ!」
 テムズの叫び声。ウェッソンとサリー、そしてたまたま用事があってフロンティア・パブに来ていたシックは、何事かと驚いてキッチンに駆け込んだ。
「どうしたんですか?」
 テムズはショックで口もきけず、ただ黙ってテーブルの上を指さした。そこには、手作りのお菓子が入った箱がある。しかし中身は所々形が崩れ、細かくなったくずが箱の底に散らばっていた。みんなはまだ事態を飲み込めなかった。
 テムズがようやく声を出した。
「ねずみが……ねずみが……何ヶ月も前から用意していたのに……ひどい……」
「ねずみにかじられたのか」
「あーあ、もったいないですぅ」
「災難でしたね、テムズさん」
 テムズは半泣きになって言う。
「今年はクリスマス・プディングなしだわ……」
 テムズのあまりの落ち込みように、シックは思わず、
「あきらめないでください。僕が探してきます! レストランとかパン屋とかでまだ売られているかもしれません」
と言って、外にとびだしていった。
「あ、ブレイムスさん……」
 テムズが止めようとしたが、すでに彼の姿は消えていた。
「もう、どこのお店も売り切れていると思うわ。残っているとすれば、よほどまずいプディングなのよ……」
「まあ、そう決めつけずに当てにして待っていればいいじゃないか。せっかく張り切って探しに行ってくれたんだし」
「そうですよ。鍛冶屋さんって、テムズさんのためなら不可能を可能にしちゃうことが、たまーにありますから」
 なんだかあまりなぐさめにもなっていないようなので、二人はそそくさとキッチンから退散した。残ったテムズは溜息をつき、それでも他の料理にとりかかった。
 
 数時間後。シックは、夕方の街を重い足取りで歩いていた。
 パン屋にも、レストランにも、カフェにも、ホテルにも、そして市場の露店にも、クリスマス・プディングはなかったのだ。このまま手ぶらでフロンティア・パブに戻るわけにはいかない。けれど、もうどこにも当てはない。どうしたらいいのだろう。
 テムズの悲しそうな顔が、脳裏に浮かんだ。
 暗くなった街に灯りがともった。シックはようやくあきらめる気になった。プディングのかわりにほかのおいしそうなお菓子を買って、フロンティア・パブのすぐそばまで戻ったときだ。
「あら、鍛冶屋さん。どうしたのこんな時間に」
 雑貨屋の入り口から、店主のおばあさんが声をかけてきたのだった。
「クリスマスだというのに、なんだか元気がないみたいねえ……ああそうそう、お料理を作りすぎてしまったのだけど、良かったら持っていって食べてくれないかしら?」
 彼女はドアを大きく開けて、手招きした。
「孫のセバスチャンは息子夫婦と一緒に旅行中だし、隣町の娘の一家は風邪で寝込んでしまってね……今年はひとりぼっちのクリスマスなのよ。せっかく作ったのに、食べてくれる人がいないのはつまらないわよね……」
 おばあさんは少し寂しそうな声でそう言った。シックは彼女が気の毒になった。
「それは残念ですね……」
 そのとき彼の頭の中にひとすじの光が射した。
「そうだ、それを持ってフロンティア・パブにいきませんか? じつはテムズさんがクリスマス・プディングをねずみにかじられてしまって困っているんです。もし――」
「まあ、クリスマス・プディングを? あれは何ヶ月も前に用意するものですからねえ、本当お気の毒に……うちのでよければ、たくさんあるから持っていきましょうね。ほかにもいろいろあるから、運ぶの手伝ってくださる?」
「ええ、喜んで!」
 シックの顔がぱっと輝いた。そして雑貨屋のおばあさんも嬉しそうに微笑んだ。
 こうして、その年のクリスマスディナーは、とてもすばらしいものとなった。

画像提供  素材の小路

クリスマスの翌日


 その日、アクワイはいつもより長時間、裏路地でまったりしていた。
 ひと月ばかり前から、人々がどうもそわそわとしているような気がしていたのだが、おととい、その理由がわかった。なにか、大切な宗教的行事があったようだ。神の子の誕生日を祝うとかなんとか、そんな話だった。異教徒の祭りなど興味はなかったのだが、下宿している教会であれこれ手伝わされ、一昨日はなんと夜中にまでかり出されたのだ。歌を歌ったり、蝋燭をもって練り歩いたりの準備をしたりあとかたづけをしたり。そのまま夜が明け、船の荷物運びに向かわねばならなかった。しかしこの時期は国民が一斉に休暇を取るらしく、運ぶ荷物はいつもよりずっと少なかったのが救いだった。きのうも今日も仕事が早く終わり、彼はこの裏路地で、平和なひとときを過ごしていた。
 そこに、耳慣れた足音が近づいてきた。アクワイはブリキのバケツから顔をのぞかせる。
「やあ、かわりないかい」
 金髪の麗人が、一分の隙も見せずに、微笑みながら立っていた。
「今日はこれから約束があるのでね、あまりのんびりしていられないんだ。用件だけ済ませて帰るよ」
 そう言いながら彼女は服の胸ポケットに手を入れた。
「この国の習慣では、今日はボクシング・デーとかいってね――」
「ボクシング……?」
 アクワイは弾かれたようにばっと身を起こし、身構える。彼の主人はそれを見て、ハハハと笑った。
「別に君と格闘するつもりはないよ。なんでも、主人から使用人に、ささやかなプレゼントの箱を贈る日らしい。というわけで、ボクもそれにならって……」
 ポケットから、小さなリボンのついた小さな箱が現れた。
「こいつを君に渡しておこうと思ってね。もちろん受け取ってくれるね」
 白く美しい手が、アクワイの目の前に突き出された。アクワイは一瞬目をぱちくりさせたが、主人の有無を言わせぬ口調と表情で、本気だと悟った。
「あ……ありがとうございます」
 一抹の不安は消えなかったが、拒否するわけにもいかない。アクワイはおそるおそる箱を受け取った。
「それじゃ、ボクは行くよ。ご婦人を待たせるわけにはいかない。……ああ、そうだ。年が明けて10日くらい経ったら、また一仕事頼むから、それまではせいぜい羽をのばしていたまえ」
 彼女はそう言い残し、颯爽とした足取りで去っていった。その姿が見えなくなると、アクワイはほっと溜息をついた。
 手の平に乗った、小さな箱。リボンをほどいた瞬間、蓋が勝手に勢いよく跳ね上がった。何かが飛び出してきた。とっさに首を捻って顔面攻撃をかわすアクワイ。その「何か」は、ぽーんと箱から飛び出し、ゴミバケツの上でバウンドした。
 体勢を整えたアクワイが見たものは――ねずみ……いや、耳の短いうさぎのような動物の人形だった。前足にグローブをはめ、後ろ足で立ち、おなかにはポケットがついていて、そこから動物の子供らしきものが顔を出している。それは2,3回弾むと倒れて動かなくなった。
 こんなものを贈られて、なにが楽しいのだろう。この国の連中の考えることは、まったく不可解なことばかりだ。アクワイはそう思いながら、人形を拾って箱に戻した。蓋を押さえながら、リボンをしっかりとかけて、飛び出さないようにした。とりあえず、バケツの上に置く。
 日が傾いていた。いまから帰れば、ちょうど暗くなるころに教会に着くだろう。今日あたりはもう落ち着いただろうか。またなにか手伝わされるのだろうか。はやいところ、この「クリスマスシーズン」とやらがおしまいになってくれればいいのだが。
 溜息をつこうとして、アクワイは思いとどまった。かわりにバケツの上の箱を見て――静かに微笑んだ。
 

  

↑話とは特に関係ない画像ですが……メリークリスマス。

画像提供 Christian Clipart

 

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