クリスマスの翌日
その日、アクワイはいつもより長時間、裏路地でまったりしていた。
ひと月ばかり前から、人々がどうもそわそわとしているような気がしていたのだが、おととい、その理由がわかった。なにか、大切な宗教的行事があったようだ。神の子の誕生日を祝うとかなんとか、そんな話だった。異教徒の祭りなど興味はなかったのだが、下宿している教会であれこれ手伝わされ、一昨日はなんと夜中にまでかり出されたのだ。歌を歌ったり、蝋燭をもって練り歩いたりの準備をしたりあとかたづけをしたり。そのまま夜が明け、船の荷物運びに向かわねばならなかった。しかしこの時期は国民が一斉に休暇を取るらしく、運ぶ荷物はいつもよりずっと少なかったのが救いだった。きのうも今日も仕事が早く終わり、彼はこの裏路地で、平和なひとときを過ごしていた。
そこに、耳慣れた足音が近づいてきた。アクワイはブリキのバケツから顔をのぞかせる。
「やあ、かわりないかい」
金髪の麗人が、一分の隙も見せずに、微笑みながら立っていた。
「今日はこれから約束があるのでね、あまりのんびりしていられないんだ。用件だけ済ませて帰るよ」
そう言いながら彼女は服の胸ポケットに手を入れた。
「この国の習慣では、今日はボクシング・デーとかいってね――」
「ボクシング……?」
アクワイは弾かれたようにばっと身を起こし、身構える。彼の主人はそれを見て、ハハハと笑った。
「別に君と格闘するつもりはないよ。なんでも、主人から使用人に、ささやかなプレゼントの箱を贈る日らしい。というわけで、ボクもそれにならって……」
ポケットから、小さなリボンのついた小さな箱が現れた。
「こいつを君に渡しておこうと思ってね。もちろん受け取ってくれるね」
白く美しい手が、アクワイの目の前に突き出された。アクワイは一瞬目をぱちくりさせたが、主人の有無を言わせぬ口調と表情で、本気だと悟った。
「あ……ありがとうございます」
一抹の不安は消えなかったが、拒否するわけにもいかない。アクワイはおそるおそる箱を受け取った。
「それじゃ、ボクは行くよ。ご婦人を待たせるわけにはいかない。……ああ、そうだ。年が明けて10日くらい経ったら、また一仕事頼むから、それまではせいぜい羽をのばしていたまえ」
彼女はそう言い残し、颯爽とした足取りで去っていった。その姿が見えなくなると、アクワイはほっと溜息をついた。
手の平に乗った、小さな箱。リボンをほどいた瞬間、蓋が勝手に勢いよく跳ね上がった。何かが飛び出してきた。とっさに首を捻って顔面攻撃をかわすアクワイ。その「何か」は、ぽーんと箱から飛び出し、ゴミバケツの上でバウンドした。
体勢を整えたアクワイが見たものは――ねずみ……いや、耳の短いうさぎのような動物の人形だった。前足にグローブをはめ、後ろ足で立ち、おなかにはポケットがついていて、そこから動物の子供らしきものが顔を出している。それは2,3回弾むと倒れて動かなくなった。
こんなものを贈られて、なにが楽しいのだろう。この国の連中の考えることは、まったく不可解なことばかりだ。アクワイはそう思いながら、人形を拾って箱に戻した。蓋を押さえながら、リボンをしっかりとかけて、飛び出さないようにした。とりあえず、バケツの上に置く。
日が傾いていた。いまから帰れば、ちょうど暗くなるころに教会に着くだろう。今日あたりはもう落ち着いただろうか。またなにか手伝わされるのだろうか。はやいところ、この「クリスマスシーズン」とやらがおしまいになってくれればいいのだが。
溜息をつこうとして、アクワイは思いとどまった。かわりにバケツの上の箱を見て――静かに微笑んだ。
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↑話とは特に関係ない画像ですが……メリークリスマス。
画像提供 Christian
Clipart
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